私は飲食店を経営する一方で、長年フードデリバリーの仕事にも関わってきました。

店舗としてデリバリーサービスを利用する側。
料理を作る側。
自社で配達する側。
そして以前は、法人として多くのドライバーを抱え、出前館の配達をする側でもありました。

つまり私は、フードデリバリーを店舗側と配達側の両方から見てきました。

そんな私が最近のフードデリバリー業界を見ていて、強く感じることがあります。

便利さと安さを追い求めるあまり、業界だけではなく、社会全体のバランスまで崩れてきていないか。

ということです。

■ 「店舗価格」が当たり前。本当にそれでいいのか?

最近は「お店と同じ価格」を打ち出すフードデリバリーが広がっています。

お客様から見れば、これは当然うれしい。

店と同じ値段なら安い方がいい。

私も消費者の立場なら、その気持ちは分かります。

でも私は飲食店経営者でもあります。

だから思うんです。

「店舗価格なんて、本当に持続できるのか?」

店舗で1,000円で提供している料理を、デリバリーでも1,000円で販売する。

でも、店舗側にかかるコストは同じではありません。

■ 容器代だってタダじゃない

デリバリーには容器が必要です。

袋も必要です。

料理によっては、ご飯、おかず、汁物、タレなど、いくつもの容器が必要になります。

しかも、こうした資材の仕入価格も上がっています。

店内なら皿や丼を洗って何度も使えます。

デリバリー容器は基本的に一回です。

100件注文が入れば100件分。

1,000件なら1,000件分必要です。

同じ料理でも、店舗で提供する場合とデリバリーでは、店舗側のコスト構造は同じではありません。

■ さらに手数料がかかる

そしてプラットフォームを利用すれば、当然手数料があります。

もちろん、プラットフォームを使わせてもらっている以上、手数料が必要なのは理解しています。

システム開発も必要。

広告も必要。

サポートも必要。

企業なので利益も必要です。

問題は、

「最終的に店舗にいくら残るのか?」

です。

売上が増えることと、利益が増えることは同じではありません。

■ まあちゃんでも自社配達をやった

天ぷら酒房まあちゃんでも、自社配達をやりました。

出前館のドライバーではなく、こちらで配達する人間を用意して、自分たちでお客様まで届ける方法です。

まあちゃんでは配達料を500円にしました。

ところが自社配達にしても、プラットフォームを利用する以上、手数料は発生します。

最初は私も、

「配達するのは自分たちなのに、手数料がかかるの?」

と感じました。

もちろん、注文を取るためのシステムや集客に対する費用だと考えれば、仕組みは理解できます。

でも店舗側から見ると、

配達する人の人件費はこちら。

車両もこちら。

ガソリン代もこちら。

保険もこちら。

容器代もこちら。

その上でプラットフォームの手数料も必要。

となります。

そこで経営者は考えます。

「これ、本当に利益が残っているのか?」

■ そして、まあちゃんは自社配達をやめた

最終的に、まあちゃんでは自社配達をやめました。

大きな理由の一つは、社員が辞めることになり、配達体制を維持することが難しくなったからです。

自社配達は、商品をアプリに掲載すれば終わりではありません。

注文が入ったら、誰かが届けなければいけない。

店が忙しくても届ける。

雨でも届ける。

車両も必要。

人も必要。

社員が辞めることになり、その体制を維持することが難しくなりました。

実際にやったからこそ分かります。

出前は、人が動いて初めて成立するサービスです。

■ 店と同じ値段で家まで届くなら、店へ行く必要はあるのか?

もう一つ、飲食店経営者として考えることがあります。

店で1,000円。

デリバリーでも1,000円。

そして家まで届けてもらえる。

それが当たり前になった時、

「それなら店まで行かなくてもいい」

と考える人が出てくるのは当然です。

もちろん店舗には、店舗でしか味わえない価値があります。

出来たてのおいしさ。

店の雰囲気。

スタッフとの会話。

家族や仲間と過ごす時間。

それでも、価格だけを比較すれば、自宅まで届けてもらえる方が便利です。

デリバリーの注文が増えること自体は、店舗にとってありがたいことです。

でも大切なのは注文数だけではありません。

その注文から、最終的にいくら利益が残るのか。

さらに、その注文が本来なら店舗へ来てくれていたお客様ではないのか。

そこまで考える必要があると思っています。

■ そもそも「出前は高いもの」でいいんじゃないか

私は、ここをもう一度考えてもいいと思っています。

出前は高いもの。

それでいいんじゃないでしょうか。

店まで行かなくていい。

雨でも家まで来てくれる。

料理を作らなくていい。

買い物にも行かなくていい。

好きなお店の料理を自宅で食べられる。

それは立派なサービスです。

そこには価値があります。

料理を作る人がいる。

容器に詰める人がいる。

システムを運営する会社がある。

そしてバイクや車、自転車で料理を届ける人がいる。

これだけの人が動いているのに、

「店と同じ価格で、できれば送料も無料で」

が当たり前になってしまったら、その負担はどこへ行くのでしょうか。

コストそのものが消えるわけではありません。

誰かが負担しているだけです。

■ だから、企業努力が必要

ただし私は、

「だったら全部お客様に払ってもらえばいい」

と言っているわけでもありません。

店舗にも企業努力が必要です。

原価を見直す。

無駄を減らす。

オペレーションを改善する。

お客様に選んでもらえる商品をつくる。

これは当然です。

配達する側にも、安全に、効率よく届ける努力が必要です。

そして同じように、

プラットフォームを運営する企業にも企業努力が必要です。

システムを効率化する。

配送効率を高める。

無駄なコストを減らす。

店舗が利益を残せる仕組みを考える。

配達員が適正な報酬を得られる仕組みを考える。

その上で、お客様にも利用してもらえる価格をつくる。

「誰かに負担してもらって安く見せる」

だけでは、本当の企業努力とは言えないと私は思います。

■ 安さを実現することも企業努力。でも、それだけではない

もちろん、利用者を増やすために価格を下げたり、キャンペーンを行ったりすることも企業努力だと思います。

利用者が増えれば、店舗への注文が増える可能性もあります。

だから私は、

「プラットフォームは何も努力していない」

と言いたいわけではありません。

私が言いたいのは、

利用者を増やす努力と同じくらい、店舗・配達員・プラットフォームが長く共存できる仕組みをつくる努力も大切ではないか。

ということです。

■ デリバリー業界だけではない。社会全体のバランスが崩れていないか

そして、ここまで考えると、これはデリバリーだけの問題ではないように思えてきます。

今の社会は、

「もっと安く」

「もっと早く」

「もっと便利に」

「できれば無料で」

という方向へ進み続けています。

もちろん私だって、消費者になれば安い方がうれしい。

便利な方がいい。

でも、

安さと便利さの裏側には、必ず働いている人がいます。

スマホを押しただけで料理が届く。

でもスマホの中から料理が出てくるわけではありません。

店舗で誰かが作っている。

誰かが容器に詰めている。

誰かが注文を管理している。

そして誰かが雨の中でも届けている。

便利になればなるほど、その人たちの姿が見えなくなります。

■ 「最近の人は働かない」だけでは片付けられない

会社を経営していると、

「人が集まらない」

「人手不足」

という問題を実際に感じます。

でも私は、それを単純に、

「今の人は働かない」

だけで片付けるのも違うと思っています。

働く人にも生活があります。

給料が必要です。

休みも必要です。

会社側には利益が必要です。

店舗にも利益が必要です。

お客様にも生活があります。

だから問題は、

「誰が悪いのか」

ではなく、

社会全体のバランスが崩れていないか。

だと思うんです。

■ 100円安くなった。その100円は誰が負担したのか?

商品を100円安くする。

送料無料にする。

店舗価格にする。

お客様から見れば得です。

でも考えてみてほしい。

その100円は、本当に消えたのでしょうか。

違います。

店舗が負担したのかもしれない。

配達員の報酬に影響しているかもしれない。

プラットフォームが負担しているかもしれない。

コストは消えません。

どこかへ移るだけです。

そして誰か一人に負担が偏り続ければ、いつかその人、その店、その会社は続けられなくなります。

■ 必要なのは「四方が成り立つ」仕組み

フードデリバリーには、大きく4者がいます。

店舗。

配達員。

プラットフォーム。

そして、お客様。

私は、この4者すべてが成り立たなければ、本当の意味で持続可能なデリバリーにはならないと思っています。

店舗には、料理を作り続けられる利益を。

配達員には、走り続けられる報酬を。

プラットフォームには、サービスを維持し、成長するための利益を。

そしてお客様には、支払う金額に見合った便利さとサービスを。

誰か一人だけが得をするのではなく、誰か一人だけが我慢するのでもない。

そのバランスが必要です。

■ 安さではなく、「この値段でも使いたい」と思われるサービスを

私は、出前は店舗より高くていいと思っています。

大切なのは、

「安いから使う」

だけではなく、

「少し高くても、このサービスなら使いたい」

と思ってもらうことではないでしょうか。

家まで届けてもらえる。

時間を買える。

雨でも届けてもらえる。

疲れている日に助けてもらえる。

そこには価値があります。

その価値を高めることも企業努力です。

店舗価格にすることだけが企業努力ではありません。

値下げだけが企業努力でもありません。

適正な価格でも選ばれるサービスをつくる。

私は、それも立派な企業努力だと思います。

■ 最後に。便利さには、人がいる

私はデリバリーを否定したいわけではありません。

むしろ、長年この業界に関わってきたからこそ、これからも必要なサービスとして残ってほしいと思っています。

コロナ禍ではデリバリーに助けられた店舗もありました。

外出が難しい人にとっても大切なサービスです。

店舗にとって新しいお客様と出会える機会にもなります。

だからこそ、

安さだけを競争してほしくない。

店舗も努力する。

配達員も努力する。

プラットフォームも企業努力をする。

そしてお客様にも、便利さには適正な対価が必要だということを理解してもらう。

誰かを悪者にするのではなく、

みんなが続けられる価格と仕組みをつくる。

それが必要なんじゃないでしょうか。

今の社会は便利になりました。

でも、便利さは勝手に生まれているわけではありません。

その裏側には、必ず働いている人がいます。

料理を作る人。

料理を届ける人。

店舗を守る人。

システムをつくる人。

会社を運営する人。

そして、その人たちにも生活があります。

「もっと安く、もっと便利に」の先で、誰かが無理をしていないか。

今一度、考える時期に来ているように私は思います。

私は飲食店を経営し、配達する側も経験してきました。

その両方を見てきたからこそ、最後にこれだけは言いたい。

「出前は高いもの。それでいい。」

その代わり、料金に見合った便利さとサービスを提供する。

店舗にも利益が残る。

配達員もきちんと稼げる。

運営企業も利益を出して企業努力を続ける。

そしてお客様も、

「この金額を払ってでも使いたい」

と思える。

そんなバランスの取れたフードデリバリー業界になってほしい。

これはデリバリーだけの話ではありません。

働く人、企業、そして消費者。

そのすべてが支え合って社会は成り立っています。

安さだけでは、社会は回らない。

便利さだけでも、社会は回らない。

誰かの犠牲の上に成り立つ便利さではなく、みんなが続けられる便利さへ。

それが、今の社会に必要な企業努力とバランスではないでしょうか。

株式会社まあちゃん
代表取締役 猪俣 輝晃